嫌なことから裸足で逃げ出せ!逃げることで未来がひらけるかも!

楽に生きる

私の人生、今まであまり一生懸命に生きたという実感はありません。お金を稼ぐためにたくさん働いたことはありますが、いやなことからはガマンせずに逃げていました。

ストレスの少ない人生だと思います。

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今までの人生

17の時、家出をして、高校は自分で学費を出して卒業。

その後22歳くらいになるまで親とは会っていませんでした。

実家に一時戻るもやはり耐え切れず、思いついたその日に荷物をまとめて上京。家出ではありませんが、それから6年、帰ったのは2度くらいです。

この間、複数人の男性にプロポーズをされるも結局こらえ性のない性格で婚約に至らず。

28歳くらいのとき、熊本に里帰り。そのとき地元の男性にプロポーズをされるも、結婚がいやで再び上京。

相手は一軒家を建てるなど強硬手段に出ようとしたのでさらに遠くへ行こうと軽い気持ちでオーストラリアにワーホリ渡航。

ワーホリ後も逃げの人生が続く

Running on the Railway
逃げ道は続くよどこまでも

オーストラリアから帰ってきて、特に目的もなかったので、しばらくはファミレスでバイトをしていた私ですが、給料の安さと居心地の悪さから、ほどなくして辞めてしまいました。

カナダのワーホリを申請していましたが、オーストラリア滞在時の運転歴無事故 無違反 証明書を出せなかったため却下(オーストラリアで運転などしなかったので待っていれば通ると思っていたら却下となってしまいました)。

そのため、行く当てを失い、無職のまま実家にいるのも居心地が悪かったので知人とアパートをシェアすることにしました。

ところがそのシェアメイトが実は傷害の前科持ち。性根は変わらずのとんでもない人間だったので、早々に退去を決意。

しかし熊本に返るのはイヤ、海外に行くお金は無い、就職もイヤ、バイトを明日から始めるとして、引っ越し資金が貯まるのは何か月後?

あれもこれもイヤな私が見つけた天職とは?

Revolution
見つけた、私の生きる道

手っ取り早く逃げられて、お金と住むところを得る方法を探していたところにリゾートバイトの広告を見つけました。

たぶん、「住込み バイト」「寮付き 仕事」などで検索していたと思います。

電話をかけ、面談で希望を伝えると、2日後に採用の連絡が来ました。明後日には来られますかとの質問にふたつ返事で答え、ダッシュで荷造り。

2日で引っ越しを済ませ、仕事と仮の新居をゲット

最後の夜に納得していたはずの元ルームメイトと揉めに揉めましたが、鬼の居ぬ間に夜中に大きめの荷物をコンビニで発送してもらい、無事脱出。

私物のほとんどは自分で運べる程度しかなかったので、大きなバッグに詰めて終わりました。唯一の大物は布団。

当時は布団を使っていましたので、段ボール1箱に布団一式をぎゅうぎゅうに詰め、ファミマに持ち込みました。時間があったら集荷にしたと思います。

そんなこんなで、電車で千葉の田舎町から箱根の温泉街へ到着。翌日から仲居として働くことになりました。

ようやく得た「自由」

Freedom

それまでの私はロクに貯金ができたためしがありませんでした。貯金が無いために逃げたくても逃げられない状況というのが長く続いていました。

例えば、好きではなくなった彼氏と暮らし続けたり、自分にお金があっても相手に引っ越し資金が無いので出て行ってくれないなど。

当時は引っ越しするだけの貯金は無く、あっても稼げそうな仕事が見つかっていなかったのです。

もし潤沢な引っ越し資金があったら住み込みの仕事は選ばなかったと思います。住み込みって切羽詰まった悲壮感漂うイメージがあって、できれば避けたい仕事だったからです。

ただその時ばかりは、シェアメイトとひとつ屋根の下で暮らすことが何よりも耐え難かったのです。住み込みでもいいやと思いリゾバを始めたのですが、これがとても自分に合っていて、しかも出費がほとんどないためお金が貯まるということを知りました。

あれもいや、これもいやだと逃げの人生だった私にようやく自由に生きられる道が拓けました。

大げさかもしれませんが、このリゾバという仕事が私に自由な人生をもたらしてくれたと言えます。

嫌なことをガマンして働いて働いて、貯金の人生最高額が70万円だった私。それが大した苦労もなく、年3か月働くだけであとは海外をふらふら。それを6年続けて貯金は200万円。

さらに「いつでも稼げるという安心」のある状況を作り出してくれました。

逃げ続けて、とりあえず最悪だけは避けたいと思っての選択でした。藁にもすがる思いでした。

婚約者(?)から逃げて東京へ

さらに逃げてオーストラリアへ

帰国後、特にやりたいこともなくファミレスバイト

ファミレスバイトが嫌になり千葉の知り合い宅に

千葉の知り合い宅が嫌になりリゾバへ→天職かも!?

ある程度のお金が貯まったので、観光ビザでカナダへ。結局寒いのが嫌だったので滞在可能期間が終わる前に東南アジアへ逃げ

逃げた先に夫(当時ただの知り合い程度)が追いかけてきて交際に発展

という感じで今までやってきました。

逃げ続けた結果 現在

たまに日本に帰りリゾバで稼ぐ、稼いだらまた旅をするという現在の生活スタイルに

とても幸せです。

1年の内3~4ヶ月、合わない期間を設けることでマンネリもなく新鮮な気持ちで過ごせる

リゾバ期間中はほぼ上げ膳据え膳で楽

働かない期間が長いので、働けることにありがたみを感じる

夫と再会したとき、彼のために料理などをしてあげることにも喜びを感じる(ずっとやっているとウンザリする)

その後のシェアメイトはというと、私のお金をアテに家賃を払う予定が、ままならなくなり、不動産屋さんに暴言を吐いて強制退去となったそうです。彼の友人が私を箱根まで訪ねて来てくれた時に教えてくれました。

実家に戻ったそうですが、お父さんに暴力を振るって前科がついた(シェアするまでは知らなかった)くらいなので、一番大変な思いをされているのは彼女の親御さんに違いありません。

逃げられる状況と逃げられない状況は、人それぞれあるかと思います。

私は幸運にも逃げられる環境にあり、そして自分が逃げられる環境にいるということに気付きました。

逃げられる環境にいながら、それに気付いていない人もまだまだたくさんいると思います。

逃げられないと思っている人も、退路を自分に作ってあげれば、案外すんなりと逃げられる可能性もあります。

私はブログを書いていますが、ブロガーと言えるほどブログ一本で食べていけるかは分かりません。たぶん無理だと思います。

ブログで稼いだりできなくても、リゾバで給与収入を得ることができます。

年齢的・体力的な問題でウエイトレスやフロントの業務が出来なくなったら、外国人客の予約係りや通訳などに絞って仕事ができると思います。

英語が普及して私の仕事の枠がなくなったら、夫の自宅に定住し、野菜を育てて自給自足でもすればいいやとのんきに構えています。

もし家も壊れてしまったら、どこかの農場の雇われ管理人の口でも探します。

とにかく、不測の事態が起こっても「何とかなる」と道を作っておけば割と気楽に目の前の嫌なことから脱出できます。

もちろん、まだ頑張れるならそれに越したことはないのですが、自分の限界を知るのは自分だけ。

自分を守ってあげられるのも結局自分しかいません。

限界を見誤って、自分を守れない所まで行く前に。

逃げてしまうのも人生において割と大事な一手かもしれませんよ。

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